『待つ』という支援
コスパやタイパという言葉が生まれ、『待つ』ことへの苦手な人が増えているようにも感じています。
いつまで待てば良いの?本当にこのままで良いの?と先が見えない不安にもつながりやすく、ついつい変化を求めてしまうのも無理もないことだと思います。
特に、待つ期間というのは傷ついて受容が必要な癒され期に起きることが多く、支援者にとってもしんどい期間になりがちです。
傷を癒すための受容というのは、目の前の相手に対して、善悪の判断を一切せずに、ありのままの状態を受け入れて認めること。
善悪を教えている学校の現場では、ありのまま受け入れることは、大変な難しいことだと日々感じています。
例えば、あまりに傷が深くて学校を休みがちになっている子に対して、自ら変化して登校できるようになるまで待ちながら、受容するということは、甘やかしではないか?と感じてしまうこともあると思います。
それだけ待つということは、不安や葛藤と常に闘う高度な支援テクニックでありながら孤独にもなりがちです。
そうした中で、
『つらかったね』
『よく頑張ってきたね』
とありのままの状態を全肯定してもらえると、未来へ向けて動き出すエネルギーを蓄えることにもつながるはず。
支援をする人にも必ず必要なのがこうして、全肯定する支援者。
甘やかしではないか?このまま待ってて良いのかな?
そんな不安を感じてしまう支援者の皆様へ、私が1番お伝えしたいのは、エネルギーを蓄えるための『戦略的休息』として、勇気ある『待つ』支援を選択したこと自体が既に大きな一歩。
この一歩が、やがて大きな変化とつながるはずです。
そうはいっても不安で仕方ない、このままで良いの?と思った時には、ぜひ私とこむぎを頼ってください。
全力であなたの頑張りを肯定します!